遥か彼方のチベットの大地に想いを寄せてみる

更新日 2018/04/24

人工精霊の聖地

チベット密教の奥義として、密やかにネット上で知られる事になったタルパ…西洋にも精霊的な存在を召喚する呪術などがありますが、冒頭の件の文章のような感じで紹介・解説するサイトが多いため、チベットが人工精霊の聖地として定着しています。当サイトでは、タルパとは若干違う手法による人工精霊の召喚術をメインに紹介しておりますが、まぁ、タルパも人工精霊と言えば人工精霊なので、ここでは広い意味でって事で行きます。で、チベットですが…ヒマラヤ山脈の北側に広がる高原地帯で、現在は中華人民共和国のチベット自治区と、青海省や四川省の一部からなる場所です。その面積は日本の5倍だか6倍に及び、高原と言うと、日本人は那須高原だとか伊豆高原などの観光地をイメージしがちですが、平均標高は実に4000m以上にもなる過酷な大地です。また、かつては独立国であったため、チベット独立問題に焦点を置いた政治的な激論を誘発するセンシティブなキーワードともなっております。実際、ニュースや新聞などの影響から、圧倒的大多数の一般人は、チベットと言われればダライ・ラマ14世を思い浮かべる事でしょう。なので、チベット密教に関心を寄せる者は、仏教関係者などを除くと、ごく少数の人工精霊の術者やオカルトマニア、タルパーくらいでしょう。肝心のタルパ実践者の方でさえ、多くは、チベット密教はもとより、同地域に関する文化や風俗など、そこに住む人々の事に無関心でいるのが実情です。妄想パワーを全開して、はよ美少女の精霊体が欲しい!!とにかくイケメンの精霊体を作りたい!!なんて気持ちが全面的に出てしまいがちです。わかります。その気持ちはとてもわかります。でも…

心の問題を解決しようと唱えた理由

人工精霊・タルパを始めるにあたり、御託や前置きなんかどうでもいいと言うならそれで構いません。チベットに関心を持とうが持つまいが精霊体の召喚に支障はありません。でも、チベットの方が、マニ車をグルグル回してお祈りを捧げていたり、下駄のようなものを両手に持ってズザ~ズザ~※1と、延々と五体投地している姿を見ていると…なんちゅ~か、悪意や憎悪を捨て、強欲にならず、すべての心の問題を解決した、純粋な心を持つ人間らしい人間だと実感します。チベットは経済的には豊かな地域ではありませんが、心の豊かさにおいては、どんな国や地域にも負けない、究極のユートピアなんだと思います(もちろん、チベットの悲劇的な歴史も知っております)。私が注意事項などで、人工精霊を召喚する際、まず先に心構えを正す事に注力するよう強調しているのは、これが理由と言いますか原点的なものに感じたからです。言ってしまえば、人工精霊は術者自身の心の中、精神世界にユートピアを作り上げるようなものでもあります。個人的には、マニ車のようなもので人工精霊を召喚する事ができないか研究中です。自宅周辺で五体投地の巡礼なんかやると、一発で警察に通報されそうですが…でも、五体投地は腹筋や脚の筋力がかなり鍛えられそうなので、健康にも良さそうに感じます。ムーンウォークのような感じで、前進していそうで前進していない五体投地※2でもする事ができれば、自分の部屋で思う存分にできそうです。こちらも仕事の合間に、軽い体操を兼ねた気分転換に研究開発中です。畳などの部屋だと難しそうですが、私の自室はツルツルのコルク床なのでわりとできそうな感じがします。

  • ①直立して②しゃがんで③前方に万歳するようなポーズで大地にひれ伏す事をひたすら繰り返す事で神へ祈りを捧げます。尚、ベルセルクに登場して来るモズグスのおっさんのやり方は絶対にやめしょう。アレは2~3回やったら確実に〇ぬでしょうね。
  • その場に留まった状態でのやり方もあるようですが、それがわりと難しいです。実際に自分でやってみると分かりますが、なぜか少しづつ前進してしまいますorz

運命を望み通りに変えようと唱えた理由

タルパは修行の成果として覚悟を決めた僧侶がやるものです。諸説あるようですが…やはり、神との対話的なもの、高次元意識とのチャネリングを実現するためが目的なんじゃないかと思います。こう言ったものは、とかく、寂しさを紛らわす目的や単なる興味本位、美少女やイケメンの~♪と言った感じの願望の具現化などを動機に始めがちです。坊さんは開運のために修行をしている訳ではありませんが、心の問題の解決と同様に、当サイトで、人工精霊で運命を変えて人生をより良いものにしようと唱えたのは、これが理由です。人工精霊は自分だけの小さな神様です。おのれのスケベ心を満たす目的でやるもんじゃありません。まぁ、たしかに…インドの一部寺院なんか、日本だと〇褻物陳列罪に抵触しそうな彫刻をたくさん置いて飾ってあるところもあります。また、密教系の一部宗派では〇ロチシズムを推奨しているようです。それは基本的に例外だと思って下さい。でも、別投稿「人工精霊との疑似恋愛は不適切な感情移入か?」でも説明しました通り、そういった方向性でやって行ける自信があると言うのであれば止めやしません。自己責任であるのは言うまでもありませんが、それで人生が充実して毎日楽しく過ごせれば問題ありません。それにしても、マニ車や五体投地と同様、曼荼羅(まんだら)の砂絵を仕上げる作業を黙々と続けるチベットの僧侶の姿には感銘を覚えます。実は、これで曼荼羅や魔法陣でも作って、霊的防御トラップが創出できないかと思い、複数色のカラーサンドをホムセンで買い揃えて準備をしたのは良いのですが…上手い具合に作る事ができません。目下のところ、YouTubeで坊さんが作業をする様子を見て研究中です。

Taylor Clark Johnson – Photographer & Filmmaker