交換するのはお金と商品だけじゃない霊界経済

更新日 2018/03/14

レジで店員さんにお礼を言う人・言わない人

ネット上を散策していると、掲示板やまとめサイトなどでよく見かけるタイトルですが…私は店員さんにはお礼を言う派ですね。お釣りや商品を受け取る際、アアッスとかア”ッスとか言って軽く会釈します。アアッスとかア”ッスとか一体どこの国の言葉だよって突っ込みを入れたくなる方も多い事でしょう。単純に「ありがとう」と言う言葉が、加齢とともに自然と簡略化されて、そんな発音の仕方でお礼を言うのが習慣になりました。流れ的には「ありがとう」が「あざす」になり、それが「ああっす」とか「あ”っす」といった感じになります。いや、もちろん、ビジネスではちゃんと「ありがとうございます」と言ってますよ。それはさておき、私は別にお礼を言わない派の方を否定するつもりはありません。店員さんに礼を言うのは偉くもなんでもありませんし、金を払ってまでこちらが気を遣う必要はないと言われれば確かにそうです。何れにせよ個人の自由です。言う人言わない人が、店員さんにお礼を言う事の是非について議論している様子を見ていると、世の中捨てたもんじゃないと歓心すると同時に、いろんな価値観が容認される自由な国に住んでいるんだなって実感しています。ただ…店員さんの立場になって考えて見ますと、やっぱり、お礼を言われれば嬉しいでしょうし、店員とか客であるとか以前に、お互いに人として気持ち良くなれます。私も学生時代、コンビニやスーパーなどでバイトをしていましたが、客からお礼や労いの言葉を貰えた日は、そりゃ~もう訳もなく元気になれましたよ。この時の体験から、私は買い物のみならず、バスやタクシーを乗り降りする際は運ちゃんに挨拶やお礼は言います。とにかく、働くすべての人にそうする事にしています。

霊的に交換されるもの

庶民目線から見て経済学と言うと、お金と物(またはサービス)の交換っこに関する学問のようなイメージが持たれがちです。こんな例え方をすると、経済学部の学生さんから「経済はうんな単純なもんじゃね~!!」とお叱りを受けてしまいそうです。いや、もちろん、経済学はもっと複雑で、今や文理の枠組みすら超越した総合的な学問です。あくまでも庶民目線から見てです。関係ない話ですが、小市民な私の場合、経済学と言うと、どうも「はじめ人間ギャートルズ」の石でできたアノ大きなゴロゴロ硬貨を思い浮かべてしまいます。今もって誰がアレを造幣しているのか凄まじく謎ですね。まぁ、それは別の機会で考えてみたいと思います。で、買い物とはお金と商品の交換行為に他なりませんが、それは現実世界の目に見える表面的な行為に過ぎません。これと並行するように、霊的には店員と客との間で気や念の交換も行われています。お礼と言う何気のない言葉のやり取りを通じて、感動や感激の気や念の交換っこが行われています。特に「ありがとう」は、言霊の中でも最高の力を発揮する部類に属するものです。それをお互いに飛ばし合い受け止め合うのですから、最強の悪霊退散と除霊も兼ねる事にもなります。本当に何気ない言葉ですが、店員と客の双方に内在する悪いものがそれで中和されるからですから、レジでの支払いの場は、ちょいとした厄払いの場ともなっているのです。経済とは、元々「経世済民」が語源であり「世の中を良くして民を救済する」と言う意味です。これを霊的に言い換えるなら「この世を良い雰囲気にして、みんなの心を明るくする」でしょう。庶民目線から見た経済とはそう言う事だと感じています。

もちろん相手を見てお礼は言う

本質的にお金と商品は同じ物です。最近は電子マネーが普及しておりますが、どのような形であれ、金は天下の回り物と言われます通り、お金は物を買うための物に過ぎません。そして、風水的にも心霊的にも、物には気や念が宿り、持ち主に影響を与えているのは言うまでもありません。なので、多くの人の手を経て自分のところやって来るお金は、慎重に取り扱わなければいけない物の中の物です。レジで店員さんと気持ちよくやり取りをする事によって、店員さんに渡すお金と、お釣りとして自分が受け取るお金(と商品)は浄化されキレイになります。レジがちょいとした厄払いの場と言ったのは、お金に対するこういった作用もあるからです。運悪く雰囲気の悪い店に入ってしまい、レジで感じの悪い店員にあたってしまった場合でも、とりあえず、お礼は言った方が良いかもしれません。もちろん、そんな店員に対して言う必要はありません。受け取ったお釣りと袋詰めされた商品に対して言いましょう。そして、そんな店に二度と行かない事です。反対に、私が店員のアルバイトをしていた時の経験ですが…どんなにイヤな相手でも客は客です。最後は「ありがとうございました」と絶対に言わねばなりません。イヤなお客さんとレジでやり取りした際は、その客に対してと言うよりは、受け取ったお金に対してお礼を言うように意識していました。そうする事で、少なくとも相手から自分の手で受け取るお金だけが確実に浄化されます。イヤな人からイヤな気や念も受け取って自分も運が悪くなるのはイヤですからね。もちろん、そのお金は店のものですが、やっぱり、直接触るのは自分ですからそのように意識していました。

あえて言わないケース

ここまで読み進むと、某居酒屋チェーン創業者の珍名言と被さるものを覚えた方は少なくないと思います。ありがとうの念を受信/送信して運を良くしましょう!!と言っているのですから、全社的に「ありがとう」を集める事に腐心しているこの居酒屋チェーンと同じだと言われたら確かにそうなります。ただ、現世の合理性と霊界の合理性に矛盾、不一致が生じたら、当事者に厳しい試練が生じる事だけは書き添えておきます。現世のすべての行いは、並行して存在する霊界の摂理と常に連動しています。現世の合理性と霊界の合理性は表裏一体の関係になります。これは自然なことで理想論でも綺麗事でもありません。某居酒屋チェーン創業者の「仕事はお金のためにするもんじゃない!!」や「人は感動を食べるだけで生きていける!!」は、さすがに世間で物議を醸し、一般人は皆ドン引きしました。もちろん、これはあくまでも抽象論だとは理解しています。お偉いさんの言葉はいつだって回りくどいものです。本意や真意は自分で考えるしかありません。真に受けて言葉通りコレを実践する人はそうそういないと思います。それはさておき…抽象論と言えども、やっぱり、これは霊的には間違いだと思います。仕事は現世の摂理ではお金のためにするものです。夢や感動などといったものは、現世摂理に対する霊界摂理での並行概念、精神的な産物に過ぎません。これでは、現世の摂理を無視して結果(霊的成長・魂の昇華)を出せと言っているに等しいので、かなりの無理が生じます。店員さんの要らぬ霊的な苦労(と言うより苦行)を少しでも軽減できればと思い、私はこの居酒屋チェーンの利用に限っては、店員にお礼は言わない事にしています。