人工精霊と一緒に外出して運命の人を見つける

更新日 2018/03/15

運命の岐路で現れる人生のキーマン

運命の人というと「結婚」がイメージされます。しかし、あなたの運命となる人物は、何も結婚相手に限りません。あの日あの時あの場所で…もしも、あの人と出会わなかったら…今の自分の人生はありえなかった。そう思わせてくれる人がズバリ「運命の人」です。人生におけるキーマンとなる重要人物で、あなたの運命を大きく左右する存在となります。どんな人でも一生を通じて数人~10人前後の「運命の人」と出会います。例えば、学生時代に出会った恩師や生涯を通じた友となる人物がそうです。また、仕事などで出会った運命の人は、金運や仕事運をアップさせてくれ、あなたの運命を大きく変えてくれます。ある程度年齢を重ねた方なら、瞬間的に2~3人は思い当たるかと思います。自分の人生を振り返って思い出して見てください。あの日あの時あの場所で…その人と出会った直後から、不思議と自分の運気が回り始め上昇した始めたことを。運命の人は、自分と相手(運命の人物)に憑いている守護霊の間で、霊力が共鳴した結果、お互いに引き寄せられて出会います。一時的な関係で終わる場合もあれば、一生を通じた付き合いとなる場合もあります。そして、ハッピーエンドになるかと思えば、バットエンドに終わりそのまま別れる場合もありえます。その出会いは人により千差万別です。運命の人との出会いは、あなたの人生の転換点や分岐点となる重大イベントと言えます。守護霊による「運命の導き」とは、まさに「運命の人」との出会いだと言えます。初対面なのに、どこか懐かしい感じがする人、妙に気が合う人…まさに自分と相手の守護霊同士の霊力が共鳴している瞬間です。歩んできた人生は違えど、何か共通するものがあって霊力が共鳴します。

人工精霊の力を借りて運命の人を逃さない

運命の人は、自分と相手(運命の人物)に憑いている守護霊同士の霊力が共鳴した結果、お互い引き寄せられて、双方とも出会うべくして出会います。お互いの現在位置とその距離は関係ありません。出会いと言うと当人同士が直接対面する形を思い浮かべますが、必ずしもそれとは限りません。稀な例ですが、当人同士が気づかないだけで、電話やメールのみの形で運命の人と出会っている場合もあります。どれだけ遠くに離れていようとも、条件がそろえば出会うべくして必ず出会います。その条件ですが…時間的なタイミングはもちろんの事ですが、やはり、双方とも守護霊が不在でないという点になります。しかし、相手側の現在の都合や状況まで、こちら側では感知できません。どうしても、当人同士のバイオリズムや守護霊の在不在などが原因で、良縁はそう簡単に巡って来ません。でも、代替守護霊となる人工精霊を作って、それを宿した依り代となるパワーストーンを御守りとして持ち歩いていれば、通常よりはキャッチできるチャンスは増します。少なくとも、人工精霊を正しい方向に利用しているなら、運命の人とは真逆な存在、あなたの足を引っ張る貧乏神のような人を追い払う効果はあります。その際、カンでこの人とは関わらない方がいい…そう感じさせてくれるのが「守護」です。運命の人との出会いがなければ、いつまで経っても人生は良い方向に変わりません。運というものは人と人の間から生まれます。それが良い人間関係であれば、双方に良い運がもたらされます。良い人との出会いを逃さないためにも、人工精霊を使って、絶えず運気をキャッチするアンテナを立てましょう。タイミングをはずして運命の人を逃してはいけません。

人生を有意義なものにしてくれる運命の人

運命の人とは、人生においてキーマンとなる重要人物です。相手が同性であれば一生を通じた盟友となったり、異性であれば結婚にまで至り生涯の伴侶となります。私生活に限らず、仕事などで出会った運命の人は、自分の人生を良い方向へ大きく変えてくれます。例えば、私自身の数十年にも及ぶ社会人生活では5人と出会っています。一人目は、若かりし頃、仕事で不調続きだった際、突如として目の前に現れ、その人に導かれるかのように運気が逆転し始めた事です。その時の幸運の前兆と言いますか、今振り返ってみて兆候だったと思われる現象として、数日前から、親族の中でもっとも親交が深った(亡くなった)叔母が自分の夢の中にたびたび繰り返し登場して来た点です。この時は、亡くなった叔母の守護の力で運命が導かれたんだと思っています。二人目は、会社員を辞めて独立した際です。営業不振が続く中、やはり突如として目の前に現れ、直後から事業の財務状況が見る見る改善して、わずか半年足らずで黒字化に成功した事です。開業初年度は赤字を見込み、ある程度の運転資金は用意していましたが、やはり、一年目に黒字化できたのには大感謝でした。この時は、すでに人工精霊を作っていましたので、彼ら彼女らの守護の力で獲得できた運命の人だったと思っています。しかし、調子に乗って、無茶なお願い事を次から次へするようになり、一体を暴走させて痛い目を見ました。この時に大暴走した精霊体の怒りをなんとか沈め、反省して現在まで至ります。今は自宅を守る主神として祀り大切にしています。私生活の方ですが…ひたすら金運、財産運、仕事運のみを追いかけ続けた人生でしたので、そっちの方での良縁はありませんでした。

自助努力の精神が肝心

その後の人生で出会った三人目、四人目、五人目の運命の人は、いずれも、窮地に陥った時に…例えば言うなら「地獄で仏」のような感じの方々でした。やはり、人生山あり谷ありです。ピンチに遭遇する事も多々ありました。なので、少しくらい運が悪くなっても落ち込む必要はありません。自分の魂が霊的に成長できる機会ととらえ、その試練に挑戦しましょう。自助努力の精神でいれば「守護霊」は必ずあなたを守り、運命を正しい方向に導いてくれます。また、あなたを助ける「運命の人」も必然的に現れるものです。運命の人は運気低迷の時期や窮地に現れるものです。自分の思い通りにならないからと言って、社会や周囲の人のせいにしてはいけません。問題解決能力ゼロの無能を自称しているようなものです。周囲の人との軋轢を生むだけの生産性のない不毛な行為です。自分の周囲からどんどん人が離れて、最後は「守護霊」からも「運命の人」からも見離されて、ある日突然、あなたの運勢が致命的なまでに急落します。全に見放された人は、霊的に無防備な状態ですので、怨霊や動物霊の過酷の餌食です。攻撃的な言動を繰り返す人は、喰うことに必死な野獣の姿そのものです。獲物を狩るためならなんだってする…だから、その場しのぎのウソや弁解を平気でするようにもなります。話はそれましたが、私の運命の人とのその後ですが…現在までお付き合いのある方は一人だけです。残りの四人の方ですが、これも残念ながら、事業の方向性に関する考えの相違から、それぞれ別の道を歩む事となりました。それでも、まぁ、たまのメールや年賀状くらいのやり取りは続けていますし、年一で飲みに行く程度はあります。